Vol.5

LEVIʼS®
MONTHLY
MUSE

ユカリ アンド ザ ヴァレンタイン 
UCARY & THE VALENTINE

501®を愛する女性のライフスタイルやクリエイティビティにフォーカスをあてたインタビュー連載「LEVI’S® MONTHLY MUSE」。第五回目のゲストは、シンガーソングライター、トラックメーカーとしてだけでなく、モデルやグラフィックデザインにいたるまで、幅広く表現の分野で活躍するUCARY & THE VALENTINEさんが登場。お父さまから受け継いだ501®の話から、影響を受けたアートやカルチャー、小さい頃になりたかった意外なモノまでさまざまなお話を聞きました。

UCARYさんとデニムの出会いは
いつ頃ですか?

私が生まれて初めて穿いたズボンはデニムなんじゃないかな。お父さんがアメカジとかデニムが好きな人で、会社に行く時も家で過ごす時もいつも501®を穿いていたんです。だから、小さい頃から私もズボンを穿きなさいって言われたら自然とデニムのことだと思ってました。

すごい英才教育ですね!

お母さんが可愛いスカートとかも買ってくれたけど、私はお父さんの格好が好きだったから自然とデニムを選んでました。合わせるのは、お母さんが買ってくれたラルフローレンのTシャツやポロシャツにデニムという感じで。ある程度大きくなってからは、お父さんのお下がりのデニムを穿くようになって、親娘二代で501®をガンガン穿き古しています。

素敵ですね。
501®を穿きたくなる
季節ってありますか?

基本的には春夏秋かな。どれも穴が空くほど穿いているので、冬だとちょっと寒いんですよね(笑)。でも、インナーにサーマルのレギンスとか合わせてちらっと覗かせて穿くのも可愛いなって思っています。

501®を自分らしく着こなすマイルールはありますか?

最近は太めの501®を腰パンするのがマイブーム。トップスはタイトだったり、パンツが見えないギリギリくらいの丈で、ベルトをぎゅっと締めて穿きたいですね。

オーバーサイズのデニムをジャストで穿こうとすると少しお腹周りがもたついて見えてしまいますが、
腰ばきするとぐっとこなれた印象になりますね。

あとは、ボディスーツに合わせて穿くのもいいなって思ってます。ウエストから少し肌が見えたりするのもかっこいいなって。

UCARYさんの思う自分らしさって
どういうところだと思いますか?

頑固で飽き性なところ。これやりたいと思ったらとりあえずやってる、でもまたすぐに違うことをやっていたりするんですけど、定期的にまたやりたくなる時がくるんですよね。一つのことにばっかり集中していると疲れちゃうので、気分転換しながら色々やっている感じです。

曲以外にどういうものを
作られるんですか?

ビーズやシルバーでアクセサリーを作ったり、Tシャツをリメイクしたり。小さい時はモールでカバンを作ったりもしました。失敗しても、成功してもいい、作るという作業が好きなんです

なるほど。
音楽も小さい頃から
作るようになったのですか?

音楽は逆に小さい頃はあんまり好きじゃなくって。小学校4年生くらいまではずっと「水になりたい!将来の夢は水!」って本気で言っている子でした。

水?!
なぜなりたかったのでしょう?

水って、どこにでも行けるしどんな形にもなれるのに、ずっと透明。色が入ってもまた透明になって、ぽよぽよってしてそうなのに、触ったら逃げていくし、かっこいいし綺麗だし、絶対こうなりたいって思って。だけど小学四年生の時の理科の実験で、水の蒸発を目の前で見て絶望しました(笑)。

とてもピュアですね。では一体音楽はどこから?

なんでかは分からないけど、なんとなくずっと思っていたんです。「水になりたいけど、いつかは歌手になるんだろうな」って。でも、小さい頃は喋り方とかを友達にいじられていたりしたので、人前に出ることが億劫で嫌だなぁって思ってた。でも、中学生の時に初めてライブというものを観て、「やっぱりあっちに行かないと」と思うようになって、曲を作り始めました。

水?!
なぜなりたかったのでしょう?

水って、どこにでも行けるしどんな形にもなれるのに、ずっと透明。色が入ってもまた透明になって、ぽよぽよってしてそうなのに、触ったら逃げていくし、かっこいいし綺麗だし、絶対こうなりたいって思って。だけど小学四年生の時の理科の実験で、水の蒸発を目の前で見て絶望しました(笑)。

とてもピュアですね。
では一体音楽はどこから?

なんでかは分からないけど、なんとなくずっと思っていたんです。「水になりたいけど、いつかは歌手になるんだろうな」って。でも、小さい頃は喋り方とかを友達にいじられていたりしたので、人前に出ることが億劫で嫌だなぁって思ってた。でも、中学生の時に初めてライブというものを観て、「やっぱりあっちに行かないと」と思うようになって、曲を作り始めました。

啓示のようなものだったんですね。
小さい頃から音楽が近くにある
環境だったのですか?

家にはピアノがあって、兄がバンドをしていたのでギターもベースもありました。ピアノも習ったけどすぐやめたし、両親からもやりなさいって強制されたりはしなかった。でも、それこそ今でも私が好んで聴くようなパンクやニューウェーブといった音楽は小さい頃からずっとそばにあって、レコードでずっと聴いていたのでそういう環境はありがたかったですね。

今では音楽だけでなく、
グッズデザインなどさまざまな形で
自己表現をされていますが、
そういったインスピレーションは
どういうところから浮かぶのでしょうか?

パンクハードコアやインダストリアルといったムーブメントが生まれた頃のアートワークがすごい好きで、70年代のフランスで活動していたBazooka(バズーカ)というグラフィックデザイナー集団のアートブックからいつも刺激を受けています。

パンクやニューウェーブといった
小さい頃から慣れ親しんだカルチャーがずっと軸にあるんですね。

はい。そこからの派生が面白くてずっと掘っている感じです。

その中でも究極の好きはなんですか?

タトゥーにも入れているPsychic TV(サイキックTV)というバンドが一番影響を受けているかも。リーダーが恋人とアートの一環で性転換手術を行ったり、本当に無茶苦茶で過激で気色悪いけど、面白くてかっこいいんです。

それはなかなか奇抜なアートですね。
UCARYさんの周りには時が経っても
褪せることのないオーセンティックかつ、
オリジナルなカルチャーやファッションが
そばにあるような気がします。

確かに、それでいうとオーセンティックしか選ばないです。今はいろんなファッションやカルチャーがたくさんあるけど、基本的に本物が一番かっこいい。たとえ最初はそうじゃなくても、自分にとってかっこいいと思えれば、どんどんオーセンティックになっていくんじゃないかなって思います。

素敵です。昨年から兵庫と東京の二拠点で活動されていますが、
環境が変わったことで作る音楽にも変化はありましたか?

だいぶ優しくなってきているというか、以前はあまり自分の気持ちを歌うことはなかったのですが、今はスーッと自分の言葉が出てくるようになって歌詞にも取り入れるようになりました。

これからのリリースも楽しみですね。
では、最後にこれからやりたいことはありますか?

アメリカにレコーディングに行きたいです。あとは、コロナが落ち着いたらライブをしに世界中に行きたいです。ありきたりかもしれないけど、それが今一番やりたいことですね。

UCARY & THE VALENTINE
(ユカリ アンド ザ ヴァレンタイン)

兵庫県生まれ。17歳で始めたバンド・THE DIMで作詞作曲・ボーカルを担当。2011年に活動を東京に移し、ソロ名義・UCARY & THE VALENTINEを始動。2016年、自主レーベルANARCHY TECHNOを立ち上げ、2017年、自主制作フルアルバム『Human Potential』を発表。2020年、EP 「Rescue」配信リリース。現在はソロプロジェクトでの音楽制作だけでなく、くるり、銀杏boyz、the HIATUS、木村カエラ、などさまざまなアーティストのゲストボーカルやバックコーラス、アレンジャーとしても活躍。また、国内外のCM楽曲提供、雑誌やWebでのモデル活動、ANARCHY TECHNOのグッズデザイン、他アーティストのアートワークなど多方面で活動中。